
ふと気づけば、私たちの周りには不思議で魅力的なキャラクターたちが溢れています。スマホの画面をタップすれば、かつてターフを沸かせた競走馬が愛らしいアイドルとして走り出し(『ウマ娘 プリティーダービー』)、歴史ある刀剣が麗しい戦士となって心をときめかせ(『刀剣乱舞』)、さらには私たちの体の中では、無数の細胞たちが今日も健気に働いている(『はたらく細胞』)。
これらはもう、一部の熱心なファンだけのものではありません。人ならざるものを人の姿で描き出す「擬人化」は、今の時代を動かす大きな力を持ったカルチャーです。でも、どうして私たちはこんなにも彼らに惹きつけられてしまうのでしょうか。この記事では、あなたを夢中にさせる擬人化の世界の扉を開き、その奥深い魅力の秘密を一緒に探っていきたいと思います。
日本に息づく「物に命を吹き込む」感性
実は、この擬人化という発想、最近始まったブームというわけではないんです。そのルーツをたどると、はるか昔の日本の文化に行き着きます。
日本では古くから、山や木、岩や、ときには台所の道具にまで、あらゆるものに神様や魂が宿ると考える「八百万の神」という自然な感覚がありました。長く大切に使われた道具が100年の時を経て魂を持ち、人のような姿になる「付喪神」のお話を聞いたことがある方もいるかもしれません。物に心を感じ、命を見出す。そんな優しい眼差しが、私たちの文化の根っこにはあるのです。
この感性の原点ともいえるのが、今から800年以上も前に描かれた国宝『鳥獣人物戯画』。誰もが教科書で一度は目にしたことのある、あのウサギやカエルたちが、まるで人間のように相撲をとったり、追いかけっこをしたりする絵巻物です。躍動感あふれる動物たちの姿は、セリフがなくてもイキイキとした物語を伝えてくれます。「日本最古のマンガ」とも呼ばれるこの作品が示すように、私たちは昔から、動物や物に人間らしい物語を重ねて楽しむのが大好きだったのですね。
「推し」が生まれる魔法のレシピ
千年以上の時を経て、擬人化は現代の「萌え」という感性と出会い、爆発的なエネルギーを生み出しました。その魔法のレシピには、私たちの心を掴んで離さない、いくつかの秘密が隠されています。
一つ目の秘密は「共感」です。私たちは、人の形をしたものを見ると、無意識にそこに感情や物語を読み取ろうとします。キャラクターたちが笑ったり、悩んだり、戦ったりする姿に、私たちは自分の気持ちを重ね、まるで親しい友人のように感情移入してしまうのです。
そして、もう一つの大きな秘密が「物語の余白」。『刀剣乱舞』や『艦隊これくしょん -艦これ-』といった大ヒット作では、実はゲームの中でキャラクターのすべてが語られるわけではありません。あえて残された「余白」があるからこそ、私たちは「このキャラクターは、本当はどんな性格なんだろう?」「この二人の間には、どんなドラマがあったんだろう?」と想像を膨らませ、自分だけの物語を紡ぎ出す楽しみが生まれます。
この「もっと知りたい!」という気持ちが、私たちをキャラクターの背景にある世界へと誘います。キャラクターへの愛が、いつの間にかそのモチーフとなった歴史や科学、文化そのものへの興味に変わっていく。これこそが、擬人化が持つ最も素敵なパワーなのです。
世界を動かす!擬人化が生んだ奇跡の物語
キャラクターへの愛は、時に現実世界を大きく動かすほどの力になります。ここでは、そんな奇跡のような物語を3つご紹介しましょう。
ケース1:『刀剣乱舞』- 「推し」に会いに、いざ博物館へ!
歴史に名だたる刀剣を麗しい男性「刀剣男士」として擬人化した『刀剣乱舞』。このゲームが巻き起こしたのは、まさに文化的な革命でした。ファンである「審神者(さにわ)」たちは、自分の愛するキャラクターの元となった本物の刀に「会いに行く」ため、全国の博物館や美術館に足を運ぶようになったのです。
ある特別展では、一本の刀を見るために37,000人以上が訪れ、その経済効果はなんと9億円にも上ったとか。さらに驚くべきは、失われた名刀「蛍丸」を復元するためのクラウドファンディング。ファンからの支援は、目標額を遥かに超える4,500万円以上も集まり、日本の伝統技術の継承と、災害にあった神社の復興に大きく貢献しました。キャラクターへの愛が、ガラスケースの向こうにあった文化財に新たな命を吹き込み、未来へとつなぐ架け橋となったのです。
ケース2:『ウマ娘 プリティーダービー』- ターフの先の物語を、一緒に
伝説の名馬たちを「ウマ娘」として擬人化し、レースとアイドルの世界を描いた『ウマ娘』。その成功はゲーム業界を驚かせただけでなく、競馬というスポーツそのものに新しい光を当てました。
しかし、その影響はエンターテインメントの世界に留まりません。多くのファンが、キャラクターのモデルとなった実在の馬たちの物語を知るにつれて、彼女たちの引退後の生活にも関心を寄せるようになりました。その結果、引退馬を支援するための寄付金が爆発的に増加。あるプロジェクトでは、ブーム以前は20万円ほどだった寄付額が、年間7,400万円にまで跳ね上がったというのです。これは実に370倍の増加です。画面の中のキャラクターへの声援が、現実の馬たちの命を支える温かい行動へとつながった、心揺さぶるエピソードです。
ケース3:『はたらく細胞』- 生きてるだけで、聖地巡礼!
私たちの体の中、その数37兆個。休むことなく働く細胞たちを擬人化した『はたらく細胞』は、究極の「自分ごと」エンターテインメントかもしれません。
赤血球は酸素という荷物を届ける宅配便のお姉さん、白血球はウイルスと戦うクールな警察官、そして血小板は傷口をふさぐ小さな建設作業員たち。複雑で難しそうな生物学の世界を、こんなにも親しみやすく、ドラマチックな物語に変えてしまうなんて! この作品のおかげで、「野菜を食べないと赤血球ちゃんが困るから」と子供が進んで食べるようになったり、自分の健康を気遣うようになったり、なんて素敵な変化も生まれています。ファンたちの間で生まれた「生きてるだけで聖地巡礼」という合言葉は、自分の体を大切にしようという気持ちを完璧に表していますね。
想像力は、世界を豊かにする
擬人化というカルチャーは、私たちに新しい視点をくれます。それは、普段は見過ごしているかもしれない物事や、少し難しく感じていた世界に、温かい物語と人間的なつながりを見出すための「魔法のメガネ」のようなもの。
キャラクターを好きになる。その子のことをもっと知りたくなる。そして、その子が生まれた背景にある世界まで、まるごと愛おしくなってくる。この素晴らしい連鎖が、私たちの毎日を、そして世界を、ほんの少しだけ豊かで優しいものに変えてくれているのかもしれません。
さあ、あなたの周りを見渡してみてください。毎日使うマグカップも、窓辺の観葉植物も、もしかしたら、あなたに語りかけてくれるのを待っているかもしれませんよ。
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